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伊佐市概要
鹿児島県伊佐市の位置
 鹿児島県伊佐市は、鹿児島県・宮崎県・熊本県の県境に位置する、県本土最北の市です。また、周囲を九州山脈に囲まれた盆地を形成しており、平地の中央部を川内川とその支流が流れ、これらの水系を中心として広大な水田がひらけています。
 面積は392.36平方キロメートル(東西23km、南北27km)となっており、県内の市平均値の約1.3倍の面積となります。
鹿児島県伊佐市の歴史的経緯
 大口地方は、古くから牛屎院、牛山院と呼ばれていましたが、永禄12年(1569年)に新納忠元が大口地頭となった前後の頃から大口と言われています。その後島津氏の直轄地となり明治維新を迎えています。明治20年には郡役所が大口に設置され、明治22年には市町村制実施により大口村・山野村・羽月村となりました。さらに大正7年には大口村が、昭和15年には山野村が町制施行しました。その後、昭和29年には伊佐郡の内、大口町・山野町・羽月村そして西太良村が合併して「大口市」として発足しました。
 菱刈地方は、歴史書「続日本紀」の中で「天平勝宝7年(755年)大隅国菱刈郡が創設された」との記述があります。本城・馬越・湯之尾・曽木をもって太良院と言われていました。その後廃藩置県により鹿児島県に所属し、明治22年の市町村制実施により菱刈村と太良村ができました。明治24年太良村は東太良村と西太良村に分割され、さらに大正14年に東太良村を本城村と改名しました。昭和15年には菱刈村が町制を実施し、昭和29年には菱刈町と本城村が合併し、「菱刈町」となりました。
 このように、歴史的にも一つの地域であり、川内川流域に広がる県内屈指の水田地帯として発展してきた旧大口市・旧菱刈町が、平成20年11月1日の合併により「伊佐市」として新たな歴史をスタートさせました。

【曽木発電所遺構】
伊佐米

 鹿児島県の北部に位置する伊佐市は熊本県、宮崎県の県境にあり、伊佐市の南部には川内川が貫流する盆地(伊佐盆地)と呼ばれています。
 盆地特有の気候で、夏は暑く冬はマイナス5度くらいまで気温がさがる日もあり、鹿児島の北海道とも言われます。
 この伊佐米に欠かせないのが水ですね!母なる川、川内川の清らかな水と鹿児島、宮崎、熊本三県の県境にある黒園山から流れでる冷水が栄養や旨みがぎっしり詰まった美味しいお米に育ててくれます。
 また、川内川の上流にあり、隣接する湧水町(栗野町)のJR栗野駅のすぐ近くにある、名水百選に選定されている丸池湧水からも清らかな水が川内川にも流れ込んでいます。  寒暖の差の大きい気候と、清らかな水、粘土質の土、伊佐米は米つくりに適した環境で育っています。
焼酎発祥の地?

 昭和29年、郡山八幡神社(国指定重要文化財)の解体修理の際、本殿北東の柱貫の先端から宮大工の落書きが発見されました。これは施工主の寺僧がケチで、改築にあたっていた宮大工に一度も焼酎をご馳走してくれなかったのに腹を立てて書き残したものと思われます。これが、わが国における「焼酎」という文字の初見であるとされています。
 永禄2年(1559年)当時、すでにこの地方では焼酎が飲まれていたことが裏付けられ、民俗資料としても従来の説を覆す重要な資料となりました。
曽木の滝公園(伊佐市大口宮人)

 滝幅210メートル、高さ12メートルの壮大なスケールを誇り、「東洋のナイアガラ」とも呼ばれる曽木の滝。
千畳岩の岩肌を削るように流れ落ちる水流とその轟音は、訪れる人々を釘付けにするほど豪快。一帯は自然公園となっており、四季の彩りも美しく桜や紅葉の季節には、イベントも開催されます。
大型駐車場も整備されており、園内には食事処・土産品店が軒を並べています。なかでも鯉料理や黒豚を使った料理は絶品です。
公園内の清水神社は縁結びと安産の神様が祭られています。この付近は、江戸時代に水運による米の輸送を行っており、その水路を開くために大規模な川浚えを行った歴史があります。またその当時の川浚え唄は今でも伝えられています。
下流には、レンガ造りの曽木水力発電所跡がダム湖に残り、夏季には中世のお城を思わせる風貌で水面に姿をあらわします。

新時代の景観を選ぶ「平成百景」曽木の滝が第24位に入りました!
新曽木水力発電所(曽木の滝公園内)

 曽木の滝右岸に現存する旧曽木発電所の取水設備の一部を改築、再利用した発電所です。曽木の滝の流量、落差を利用し最大出力約490キロワット、年間約400万キロワット(一般家庭約1,000軒分の使用量に相当)を発電することができます。また、曽木発電所遺構と組み合わせた学習型観光と、再生可能エネルギーの教育啓発活動の推進にも活用することができます。
曽木発電所遺構(伊佐市大口宮人)

 曽木の滝の1.5キロメートル下流に、今でも明治の面影を強く残している曽木発電所跡があります。曽木発電所は明治42年に竣工し、その出力は当時国内でも最大級のもので、水俣のチッソなどにも送電を行っていました。昭和40年に鶴田ダムの完成とともに水没することになりましたが、現在では渇水期の5~9月頃に中世のヨーロッパの居城跡を思わせるレンガ造りの建物が姿をあらわします。その時期以外は大鶴湖の湖底に沈み、存在をも忘れさせます。
 また、周辺にはヘッドタンクやずい道跡なども残っており、土木遺産として貴重なものとなっています。
 創始者の野口遵は近代化学工業の父とも言われ、経済人としても活躍をしました。
曽木の滝分水路(伊佐市大口宮人)

 平成18年7月の記録的な豪雨により甚大な被害を受けたことから、その災害復旧の一環として建設されました。この分水路は延長400メートル、平均河床幅30メートルで、曽木の滝を迂回する形で設置され、洪水時には毎秒200トンの水を流すことができます。
 曽木の滝と近接しており、自然景観保全の必要があったことから地形改変を最小限に抑え、自然な河川空間が作られています。2012年には、グッドデザイン賞を受賞しており、治水機能だけでなく、周辺の景観に配慮し、曽木の滝と一体的な「回遊性」のある新たな価値を創出したことが評価されています。
新曽木大橋(伊佐市大口宮人)

 平成23年11月5日に開通した新曽木大橋は、曽木の滝の下流約300メートルに位置し、高さ約70メートルの主塔から斜めに張り出したケーブルで橋桁を支える、長さ204メートル、幅10.5メートルの斜張橋です。この橋には、3.5メートル幅の歩道も整備されており、「曽木の滝公園」からの景色とは、また違う巨岩と滝の迫力ある絶景を一望することもできます。
十曽池公園(伊佐市大口小木原)

 堤の長さ100メートル・高さ20メートル・周囲4キロメートルに及ぶ人造湖で、隣接して十曽池青少年旅行村があり、キャンプシーズンにもなると市内外から多くのキャンパーが訪れます。
 冷暖房完備のコテージや子どもたちに人気のあるUFOバンガローがあり、気軽にアウトドアを楽しむことができます。
 池の周辺には芝生広場や展望台、水草庭園等も整備され、釣りやバードウォッチングなど自然を満喫できます。また周辺はヤマメの南限とされており、隠れた釣りファンも多いです。初夏にはホタルが戯れ、満天の星空と輝きを競います。
奥十曽渓谷(伊佐市大口小木原)

 十曽池からさらに上流へ向かうと、白蛇の滝、行者の滝、おしどりの滝、冷水の滝など大小十数個の滝が点在する奥十曽渓谷があり、清流の奏でる癒しの音色がわたし達を迎えてくれます。
 この渓谷は、昭和61年に「森林浴の森日本百選」に選ばれており、スギ・シイ・カシなどの原生林におおわれ、真夏でも最高気温26度と涼しく、毎年、涼を求めてネイチャーライフを楽しむ人に親しまれています。
 また、樹齢600年を越える日本最大のエドヒガン桜があり、春、山緑の一角に桜色が浮かび上がります。秋には紅葉やハゼが赤に染まり渓谷を彩り、秋色に染まります。さらに、平成7年には「水源の森百選」にも選ばれ、整備された観光地ではなく、美しい渓谷の自然美を楽しみたい人にはおすすめです。
郡山八幡神社(国指定重要文化財)

 郡山八幡神社は、建久5年(1194年)に創建されたといわれ、現在の建物は京都・金閣寺より古い16世紀頃に建てられたものです。今から500年近く前の建物が中央文化から遠く離れた薩摩に残っていることは非常に珍しく、昭和24年に国の重要文化財に指定されました。
忠元公園(ただもとこうえん)(伊佐市大口原田)

 市街地を見わたせる小高い丘にある忠元公園は、千本桜で有名で平成2年には「日本桜の名所百選」に選定されています。園内の桜並木は2キロメートルにも及び、桜の見頃になると千数百個の提灯が燈り、夜桜を楽しむ客でにぎわいます。また、市街地から公園まで桜並木が続いており、桜の帯が春風に揺られます。
 大型駐車場をはじめ、芝生広場、展望台、チビッコ広場、トイレや遊歩道も整備され、年間を通して市民の憩いの場として活用されます。
 公園内には、大口の地頭であった島津家随一の武将新納武蔵守忠元を祀る忠元神社があり、西側には忠元公の歌碑が建立されています。
轟公園(伊佐市大口里)

 市街地近くを流れる川内川支流の羽月川沿いにあり、遊具施設や駐車場が整備され、市民のいこいの広場として親しまれています。公園内には郷土出身作家の故海音寺潮五郎先生の歌碑が建立されています。また、川をバックにしたステージは、多彩なイベントスペースとして活用され、夏場は川でカヌーやEボートを使って、水に親しむ方たちも増えてきました。川の中は鯉や鮎など魚類の宝庫で、轟の滝の上流側は釣りを楽しむ人が見られます。
江戸彼岸桜(エドヒガン桜)(伊佐市大口小木原)

 昭和52年に奥十曽渓谷上流の岩矢谷で発見され、高さ28メートル、目通り円周10.78メートル、樹齢およそ600年を越えるといわれている。毎年3月下旬から4月上旬にかけて可憐な花を咲かせます。平成12年には「巨樹・巨木百選」に選定され、エドヒガン桜では日本最大といわれています。
 山奥のひっそりとした所にありますが、車で登っていくと、突如山肌に桜色に染められたポイントが現れます。また、道路端から15分程度の登山をすると巨木の真下まで行くことができ、神秘的な老木を間近に見ることができます。
湯之尾滝上流一帯(伊佐市菱刈川北)
●ガラッパ公園

●湯之尾温泉郷

 「川内川の伝説にふれよう、ガラッパ公園」
 湯之尾滝ガラッパ公園は、江戸時代に利水のために作られた人工の滝「湯之尾井堰」と、昭和の治水で作られた「可動堰」の間にできた中洲にあります。
公園内にはガラッパ大王・みずえ(佐賀市の松原川から嫁入り)夫妻をはじめ、ユニークな34体のガラッパ像があり、春の鯉のぼり、夏の花火、秋の紅葉、冬のイルミネーションなどと共に、年間を通して訪れる人々を楽しませています。また、星流橋を渡った対岸には新たに遊具も整備され、休日は子ども連れでにぎわいます。
 また、湯之尾滝上流周辺は、九州でも指折りのすばらしいドラゴンボート・カヌーレース会場となり、カヌーの合宿や九州大会等も開催されると共に、河川敷には国際パークゴルフ協会公認のパークゴルフコース36ホールがあり、子供からお年寄りまで男女を問わず楽しむめます。
 古くから里人や道行く旅人たちが疲れを癒したといわれており、本格的に温泉地として開けたのは文化7年(1810年)頃からです。泉質は炭酸水素塩泉で、神経痛、関節痛や冷え症等に良いと言われています。
 また、湯之尾滝上流付近に立ち並ぶ旅館では、四季折々の郷土料理が味わえます。
伝統芸能
●湯之尾神舞

 鹿児島でいう神舞は神楽のこと。天の岩戸の前で天照大神を慰めるために舞ったといわれ、その起源は神話の代までさかのぼります。
 伊佐市湯之尾神社に伝わる「湯之尾神舞」は、五穀豊穣、無病息災を祈願して1490年頃から始められたといわれています。豪華な衣装でしめやかに踊る舞、赤い衣装に白塗りの面を着け餅をついたり鉄砲に気絶したりのユーモアたっぷりな舞、口上のある舞と句のない舞。かつては旧暦霜月の満月の夜に一晩中踊ったといわれ、35番の演目がありましたが、現在は11月23日の豊(ほぜ)祭りの日に10数番ほどが披露されます。3年毎に開かれる大祭で、伝承されている27番のすべての舞が奉納されます。県指定の無形民俗文化財。
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